徒然なるままな雑記ブログ 

ライフハック、自己啓発、資格、哲学、レトロゲーム、日常感じたこととか読んだ本の感想とか何でもあり

エクセル内で文章を改行するには

Excelは表やデータを簡単にまとめたり、計算したりすることが出来、非常に便利だ。

今や会社の仕事でも、あるいは個人が使うパソコンでも欠かせないものだろう。

 

ただExcelではワードと違ってデータや数字は得意だが文章を書くのに適しているとは言えない。

ただExcelのセル内に文を打ち込む場面も多々あるだろう。

 

そんな折、ワードやテキスト文と同じ感覚で書ききれない時にエンターボタンで

改行しようとする。しかしエンターを押すと改行されずに下のセルにカーソルが移ってしまう。

 

Excelのセル内で文章を改行するにはAltボタンを押しながらエンターを押す必要がある。

言われてみれば、カンタンな手順だがついつい忘れがちになるExcel内の改行の仕方である。

 

 

文を書くことはカタルシス

たとえメモ書き程度や日記程度の文章でも実際に自分の手で文を書く、あるいはパソコンで文をタイプするというのは、脳の情報整理が自動的に行われる結果となるのか、カタルシス(浄化作用)の気分を得ることが出来る。

 

脳の情報整理というだけでなく、自分の中の感情整理をも行われ晴れた気持ちにもなる。

これは自分の中にあるものを文として吐き出すことにより、主観的にもやもやしたものが客観視できるようになる、それに伴い不安が収まることが関係しているんじゃないだろうかと思う。

 

何か悩みを抱えている人が他人に相談をし、その他人が解決策を提示しなくとも

話すだけで気分が冷静になって客観視でき、自分自身で解決してしまうことが多いのに似ている。

 

この「他人への相談」という箇所が文を書くということで代行になるのだろう。

他人へは相談しにくい内容だったとしても、自分だけが閲覧できるパソコンのメモ書きに心情を吐露して書き出せば解決策につながる可能性もあり、効果は高い。

 

文を書くことは脳や感情の情報整理だけでなく、脳の快のカタルシスを味わうことが出来る。

この快感は結構大きく、これを味わう為だけに文章を書き連ねたり、支離滅裂になってもぼんやりメモ書きしまくるのが習性になる人も居る。

 

if-thenプランニングを効果的に用いる方法

if-thenプランニングという目標や習慣達成のための技法がある。

 

これはどういう技法かというと

「(if)Xしたら(then)Yする」と決めることでYを達成しやすくできるというやり方だ。

 

なぜならば、脳はXしたらYするという認識や命令形式に反応しやすいようである。

逆にいつかしようとか、あるいは行動を始める合図である(if)Xを特に事前に決めていなかったり、漠然としたままだと目標を始める切り口をなかなか脳が認識できず達成しにくくなる。

 

脳の判断の迷いという意志力の浪費を防ぎ、条件(if)が来たらすぐに脳がifを認識し、目標への行動に移ることが出来るので、かなり効果が高い方法だ。

 

しかし注意点として条件であるifをかなり精緻に決めてやる必要がある。

 

たとえば晩御飯を食べた後に資格試験の勉強をする、あるいは腕立て50回行うというif-thenプランを立てたとしよう。

 

晩御飯を食べた(if)は確かに開始条件にはなっているが、晩御飯を食べた後歯も磨かずに行うのか、あるいはテレビを少し見た後でも良いのか、後とはどれくらいあとなのか、という判断の迷いの材料が結構ある。

 

これでは脳の意志力を判断の迷いで浪費してしまう事になり、開始が難しくなってしまう。

 

そこで最も効果的な条件のifの設定は開始時間を決めるというやり方だ。

 

23:10になったら資格試験の勉強を行う、あるいは20:00になったら腕立て50回を行う

このように時刻を条件にしてやると、判断の迷いようがない。

時刻は数字なので誤魔化しがきかず、その時間が来たら開始すると脳が機械的に認識できるからだ。

 

 

 

 

ドラクエ5 不気味なメッセージ「ソノホウコウニハダレモイナイ」

スーファミドラクエ5で「ボロンゴ技」というバグ技がある。

 

これは主人公以外を隊列の先頭に据えて、モンスター爺さんに話しかける。

そして預けたモンスターの様子を見るコマンドを行うと、主人公が様子を見たモンスターに化けてしまい、以降バグ事象が連発するという技である。

 

このバグ技を利用することで、何故かまだ物語の進行上、訪れたことが無い施設や町、村にルーラでワープすることが出来るようになるキャラクターが登場する場合がある。

 

その状態で、エルヘブンにルーラでワープし「まほうのじゅうたん」を入手する。

その後、グランバニアの南東のジージョの家がある島にまほうのじゅうたんで訪れる。

 

そうすると、石化された主人公がその家の主人に買い取られて庭に設置され、家の子供のジージョが誘拐されるまでの自動イベントが進行する。

 

自動イベントの最後には、主人公の息子と娘とサンチョが登場し、ストロスの杖で主人公の石化を解き、仲間に加わるという流れに通常なる。

 

しかしその自動イベントが始まっても何故か自由に移動できるようになり、そのマップの下の方に行くと、青色の髪の主人公の息子と娘、そしてサンチョが待機しているグラフィックを見ることが出来る。

その待機中の息子や娘に話しかけるコマンドを行うと全文カタカナの

ソノホウコウニハダレモイナイ」というメッセージが返ってくる。

 

無機質なカタカナのメッセージと相まって、意志を持っていた人間が突如プログラミングされた無機物に戻ったかのようなホラー的な不気味さを感じることが出来る。

 

 

ドラクエ5 レヌール城に巣食う真の怪物はカパーラナーガ

スーパーファミコン版限定だが、

ドラゴンクエスト5」のソフトできせきのつるぎバグというバグ技がある。

 

これはどういうバグ技かというと、まず倒したはずの敵を再度ターゲットとして攻撃し、オーバーキルで倒してしまう事で、敵の数を示す白ウインドがバグって「-匹」という表示になる。

そうなった状態でモンスターが自分と同種の仲間を呼ぶと、グラフィックはそのモンスターと全く同じだが、名前が「きせきのつるぎ」という特殊な敵が現れるバグ技である。

倒したはずの敵を再度攻撃するためには、必中の攻撃を使う。

どくばりや聖水など必ずモンスターにダメージを与える攻撃が該当する。

 

このきせきのつるぎは味方一匹に強制的にドラゴナムを掛けたり、無意味なラナルータを唱えたりと奇怪な行動を行う。しかしMPが少ない為、すぐにエネルギー切れになりその後はMPが足りないのに呪文ばかり唱える無駄行動のモンスターとなる。

 

きせきのつるぎを召喚させる必須条件は、同種の仲間モンスターを呼ぶ敵に遭遇することだ。

その条件で最短で遭遇できるモンスターは、幼年時代の主人公が幼馴染の女の子のビアンカと一緒にお化け退治のために訪れることになるレヌール城に出現する、カパーラナーガだ。

大蛇が骨だけになったような外見のモンスターであり、頻繁に同種の仲間を呼ぶ。

 

きせきのつるぎはHPは高いが、経験値も雑魚キャラの中ではトップクラスに高い。

 

少年時代、きせきのつるぎの情報をどこからか入手した自分は、幼年時代での最速レベルアップを夢見て、聖水をしこたま買い込み、レヌール城のカパーラナーガと遭遇をした。

はたして、聖水による倒した後の再度の攻撃のヒットに成功し、敵の数の表示はバグり、カパーラナーガが仲間を呼んできせきのつるぎが現れた。

 

そのきせきのつるぎはドラゴナムでビアンカを強制的にドラゴンにし、その後はベギラゴン一発を唱えたが、何とか耐え、あとはラナルータ等の無駄魔法を連発したので、すぐにガス欠になった。

 

これで条件が整った。HPが高いとはいえ、あとは無駄行動しかしないので数十ポイントのダメージを地道に与え続ければ、倒すことが出来ると当時考えたのである。

敵の表示の数がバグっている状態では単体攻撃が出来ないので、主人公は全体攻撃のブーメランによって、きせきのつるぎに確か10から20くらいのダメージを毎ターン与えていった。

 

これを一時間ほどずっと繰り返すも一向に敵は死んでくれない。ドラゴンに変化したビアンカは激しい炎を毎ターン吐き続けるも、きせきのつるぎは炎系完全耐性であるため、火炎を吐く轟音の効果音だけが空しく響き渡る。

 

しびれを切らして、コントローラーのXボタンにモノを置き固定して一晩おく作戦を試みた。これで一夜明けた後には流石にきせきのつるぎは倒れており、膨大な経験値が入っているだろうと想定しつつ。

 

しかし、朝起きてテレビ画面を付けるも、きせきのつるぎは未だなお映し出されたままである。

失望に打ちひしがれ、深いため息をつきながらすぐさまリセットボタンを押した。

 

何故倒せなかったのだろう、やはりバグが関係しているのか、いくらHPが高いとはいえ一晩も置けばチリも積もればで数千以上のダメージを与えられるので、倒せている筈だと首をひねりっぱなしで、釈然としない気持ちで一杯だった。

 

そう、その当時は知らなかったのだ。

カパーラナーガは「自動回復」という隠し特性を持っており、一ターンごとに100ヒットポイント回復することを。

100ポイント以上のダメージを一ターンに与えないと、倒せるべくも無かった。

幼年時代の主人公は夜通しで、文字通り不死身の怪物と戦い続けることになったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハイデガーの存在論的差異 「存在」はそれほど自明ではない

哲学者のハイデガーは存在についての究明探求を行った。

 

その思想のキーワードは「存在論的差異」である。

リンゴが机の上に置いてあるとする。

人はこの光景を見て無意識的に、特に深く考えることは無く「机の上にはリンゴがある。」と思うだろう。

 

しかしリンゴという物自体と、そのリンゴが「存在する」というその存在能力はまた別モノではないか?と問いかけたのだ。

今までの哲学者はこの存在能力を自明のものとしてしまい、存在を寧ろ忘却していると批評した。

 

存在論的差異」は、リンゴという物そのものの「存在者」とそのリンゴという存在者を存在者たらしめている「存在」の区別について、今までの存在論は忘失してきたと問題提起を行うのである。

「存在者」と「存在」はそもそも別次元で異なる、つまり「差異」があると提起した。

 

つまりリンゴというモノの存在者を成立させている「存在」そのものの条件や能力や定義づけ、意味について探求を行った。これがハイデガー存在論である。

 

仮にリンゴに存在能力が無くなり、全くの「無」になったとする。

そうするとそのリンゴは誰からも認識されることなく綺麗に消えることになるだろうが、そこからどのような存在の能力や条件が与えられると存在者として存在するようになるのか。

そのような存在の能力や条件は興味深いところである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レコーディングとワンクッションは習慣付けにおいて強力な組み合わせ

f:id:metronomex:20201219164026j:plain

<a href="https://pixabay.com/ja/users/jessbaileydesign-7369896/?utm_source=link-attribution&utm_medium=referral&utm_campaign=image&utm_content=3820633">Jess Bailey</a>による<a href="https://pixabay.com/ja/?utm_source=link-attribution&utm_medium=referral&utm_campaign=image&utm_content=3820633">Pixabay</a>からの画像


ウォーキングであったり、ジム通いであったり、ないしは筋力トレーニング、資格試験の勉強、読書習慣、語学の勉強、あるいはダイエット等々。

 

私たちには自分の人生や生活の目的の達成のために、何かを習慣付けて継続したいと思い立つことが多々ある。

 

しかし、「三日坊主」という言葉があるように、大抵ははじめだけで結局続かないことが多い。

脳というのは変化を非常に嫌う。

よって新しい習慣付けをしようと思っても、途中で面倒になったりやる気が起きなかったりして、それが妨げられてしまう。

寧ろ新しい習慣付けが成功するのは稀であるとすらいえるかもしれない。

 

では、自分の継続したい習慣付けを成功させるにはどのような手段が有効だろうか。

これには、レコーディングとワンクッションの組み合わせが非常に有効である。

 

レコーディングというのは非常に単純で、その習慣付けを行った日には手帳でもスマホのレコードアプリでも何でも良いので、その日の日付にチェックなり〇なりを入れて毎日記録してレコードするだけである。

これにより、後で見返したときに、自分の成果を客観視でき、週ごと、月ごとのチェックや〇のトータル数も客観的に数字でカウントできるので、モチベーションが保てるようになりやすい。

もしこの記録付けをしなかった場合、自分の成果が数値化されず、客観視できないので霧の中をさまよっているような感じで、自分の主観で目的地までの距離を測るしかなくなる。

それが不安感や、あるいは目的地まで長すぎるので今日やっても焼け石に水で無意味だという無力感につながり、継続に失敗してしまう可能性が高くなる。

レコーディングは一切お金は掛からないし、手間もかからず一瞬で終わる単純作業なのでやりやすいのも良い。

 

これにワンクッション置くという技法を付け加えてやると更に成功率が高くなる。

たとえレコーディングで日々の成果を数値化しても、やはり習慣をするのが苦痛になる日というのは多々あるし、その脳の苦痛の直感によって何となく嫌になり、継続が途絶えてしまう事もあり得る。

それを防ぐためには、ワンクッション置いてやることが有効だ。

これはどういうことかというと、週に2日か3日は習慣をやらない日を設ける、あるいは一日ごとに習慣をするという方法だ。

 

その日行う習慣にかなり苦痛を感じたとしても、翌日はやらなくていい、あるいは週にやらなくて良い日が2,3日はあると分かっていれば、その苦痛にも耐えられる確率が高くなる。

やらなくても良い日があるという気楽さや余裕が習慣の継続を長引かせてくれるのだ。